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青森地方裁判所 昭和30年(ワ)183号 判決

原告 小石定吉

被告 滝田半吾 外一〇名

主文

被告滝田半吾、同滝田ミツ、同鈴木ナカ、同滝田半七郎、同市原栄、同土屋タマ、同滝田節は各二八分の一の割合を以つて、

被告手塚静子、同光野文子は各八分の一の割合を以つて、

被告森山ミツ、同半田ヨシは各四分の一の割合を以つて、

原告に対し金九万参千参百参拾参円を支払うべし。

原告その余の請求はこれを棄却す。

訴訟費用はこれを二分しその一は原告の、その一は被告等の連帯負担とす。

事実

原告訴訟代理人は「原告に対し、被告土屋タマ、同市原栄、同滝田節、同滝田ミツ、同鈴木ナカ、同滝田半七郎、同滝田半吾は各金六千八百五拾七円を、被告手塚静子、同光野文子は各金弐万四千円を、被告森山ミツ、同半田ヨシは各金四万八千円を支払うべし。訴訟費用は被告等の負担とす。」との判決並びに保証を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

「(一) 青森市大字栄町一一四番一五号宅地約二五〇坪の内一〇〇坪及び右一〇〇坪の宅地に建在する二階建亜鉛葺建物建坪五五坪、二階四五坪は亡西川ナツの所有に属し、原告は大正一四年一〇月以来右建物を西川ナツから賃借していた。

(二) しかるところ青森市土地区画整理計画施行の結果右宅地が換地処分に附せられ南側奥行二間位道路に編入せられ右建物を移転しなければならなくなつた。こゝにおいて昭和二八年六月一八日西川ナツは青森県知事と右建物の移転について契約を締結し右契約の中で西川ナツは青森県知事に対し右移転工事完了後は移転した建物を再び移転前の建物の占有者に占有使用せしむべきことを約定した。そこで原告は同年七月二二日従来の建物の占有者として西川ナツに対し右契約による受益の意思を表示した。

(三) 而して原告は同年九月二〇日青森県知事によつて右建物から強制立退を執行せられ右建物から他に移転し西川ナツは原告の移転後右建物を取りこわしたがそのまゝ放置し移転すべき土地に建物を築造しない。

(四) 西川ナツが移転先に建物を築造しないことは西川ナツと青森県知事の間の前記の契約に基ずく義務違反であり原告は前記の如く右契約について受益の意思を表示したのだから右の義務違反は原告に対する義務違反であり西川ナツはこれによつて原告の蒙つた損害を賠償する義務あるものである。

(五) 而してその損害はつぎのとおりである。即ち、原告は西川ナツから賃借した建物を自動車車庫、自動車修理工場及び住宅として使用し自動車修理業を営んで来たところ前記の如く右建物が取こわされたまゝのため原告は右の営業を中止するの余義なきに至つた。原告は右休業のため一ケ月金一六、〇〇〇円の利益を失つている。而して右の損失の内昭和二八年九月二一日から同年一一月四日まで四五日間の金二四、〇〇〇円は青森県知事からその補償を得ているから西川ナツは同月五日以降の損害について原告にこれを賠償すべきである。

(六) しかるところ西川ナツは昭和二八年一〇月二二日死亡し、同人には直系卑属も直系尊属もなきため被告等がつぎの如き身分関係のもとに西川ナツの共同相続人となり西川ナツの一切の権利義務を承継した。

被告半田ヨシは西川ナツの姉亡半田テルの子。

被告森山ミツは西川ナツの妹亡森山タキの子(養子)。

被告手塚静子、同光野文子は西川ナツの弟半之助の子。

被告土屋タマ、、同滝田節、同滝田ミツ、同鈴木ナカ、同滝田半七郎は西川ナツの兄亡滝田辰吉の子。

被告市原栄は右滝田辰吉の子亡市原ヨテの子。

被告滝田半吾は右滝田辰吉の子亡滝田半三郎の子。

従つて被告等の相続分は被告半田ヨシ、同森山ミツが各四分の一被告手塚静子、同光野文子が各八分の一、その余の被告等は各二八分の一である。

(七) そこで原告は被告等に対し前記損害の内昭和二八年一一月五日から一ケ年分金一九二、〇〇〇円を各相続分に応じて支払うべきことを求める。」

旨陳述した。〈立証省略〉

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め答弁として、

「原告の請求原因中(一)、(三)、(六)の各事実、(二)の内青森市土地区画整理計画施行の結果本件宅地の南側奥行約五間(二間位ではない)が道路敷地に編入せられ本件建物の移転を命ぜられたこと、(五)の内原告が本件建物を自動車車庫、工場及び住宅として使用して自動車修理業を営んでいたことはいずれもこれを認める。(二)の内昭和二八年六月一八日西川ナツが青森県知事と原告主張の契約を締結したこと、(五)の内原告が自動車修理業を中止したこと及びその主張の損害を受けことはいずれもこれを否認する。原告は移転後高栄劇場の附近の南角に工場等を建築し同所において事業を営んでいる。(二)の内原告が昭和二八年七月二二日西川ナツに原告主張の受益の意思を表示したことは知らない。」旨陳述した。〈立証省略〉

理由

青森市大字栄町一一四番一五号宅地約二五〇坪の内一〇〇坪及び右一〇〇坪の宅地に建在する木造二階建亜鉛葺建物建坪五五坪、二階四五坪が亡西川ナツの所有に属し、原告が大正一四年一〇月以来右建物を西川ナツから賃借していたこと、青森市土地区画整理計画施行の結果右宅地が換地処分に附せられ南側奥行数間(原告は二間位と主張し被告等は五間と主張するがこの点はしばらく措く)が道路に編入せられ右建物を移転しなければならなくなつたことは当事者間に争がない。原告は、西川ナツが昭和二八年六月一八日青森県知事と右の移転について契約を締結し移転工事完了後は移転した建物を再び移転前の建物の占有者に占有使用せしむべきことを約した旨主張し被告等はこれを否認するのでこの点について考察する。成立に争のない甲第一四号証、証人成田正吾、同西川栄一郎の各証言を綜合すれば、西川ナツは昭和二八年六月一八日青森県知事と前記の移転について契約を締結し移転工事完了後は移転した建物を再び移転前の建物の占有者に占有使用せしめることを約した事実を認定することができる。而して原告が本件建物を賃借していたことさきに説明せるとおりであり、成立に争のない甲第二二号証の一、二によれば原告は昭和二八年七月二一日西川ナツに対し同人と青森県知事間の前記契約に基ずき移転後の建物の占有使用をなすべき者として受益の意思を表示した事実を認めることができる。然らば西川ナツは原告に対し本件建物の移転工事を完了した後移転した建物を再び使用させる義務を負うたものである。尤も、賃貸借にかゝる建物につき移転命令が発せられこれを換地又は換地予定地に移転した場合において移転後の建物が移転前の建物とその同一性を失わない限り(移転後の建物が大部分の建築資材に移転前の建物のそれを使用している場合は建物の坪数、構造等に多少の相違があつても同一性を認めるのが相当である)移転前の建物についての賃貸借関係は移転後の建物について存続するというべきであるから(移転命令に基いて建物を移転するため借主が一時その建物から立退いてもその立退は賃貸借関係を終了させるものではない。)貸主たる建物の所有者は建物の移転後再びその建物を借主に使用させる義務あるものといわなければならない。従つて本件において西川ナツが青森県知事に本件建物を移転した後移転後の建物を再び移転前の建物の占有者に占有使用させることを約し原告がその約定の利益を享受すべき旨の意思を表示したことは寧ろ当然のことを確認したに過ぎないというべきである。かくて西川ナツは本件建物を移転するために取りこわしても再びこれを移転先に築造すべく取りこわしたまゝこれを滅失させることは本件建物の借主たる原告に対する貸主としての義務(借主に賃貸物を使用収益させる義務)に違反するものといわなければならない。しかるところ青森県知事が昭和二八年九月二〇日原告に対し本件建物からの強制立退を執行した後西川ナツが本件建物を取りこわし、そのまゝこれを移転先に築造していないこと(本件口頭弁論終結の昭和三一年六月八日までに)は当事者間に争がない。しからば西川ナツは本件建物を滅失させその責に帰すべき事由によつて本件賃貸借を履行不能に陥らしめたものであるからそれによつて原告に与えた損害を賠償する義務あるものである。そこで原告主張の損害について考察する。原告が本件建物を自動車車庫、修理工場及び住宅に使用して自動車修理業を営んでいたことは当事者間に争のないところであり、原告本人訊問の結果によれば原告は昭和二八年九月二〇日本件建物から退去して以来右の営業を休んでいる事実を認めることができるから、西川ナツが原告に賠償すべき損害は原告が右の休業によつて失つた利益であるといわなければならない。而して西川ナツと原告の間の本件建物の賃貸借の期間については何等の主張もないので西川ナツが原告に賠償すべき前記休業による損失は原告が新に他に家屋を賃借して営業を開始するために通常要すべき期間の損失と解すべきところその期間は他に特別の事情なき限り借家法が解約申入期間として六ケ月の期間を定めていることに鑑み六ケ月と認めるのが相当である。而して甲第一四号証、証人成田正吾の証言によれば青森県知事は西川ナツが本件建物の移転に着手しこれを完了するまでに要する期間として四〇日を認めており他方その期間原告に対しても休業による損失を補償している事実を認めることができるから西川ナツは原告が本件建物から退去した昭和二八年九月二〇日から四〇日を経過した同年一〇月三一日から昭和二九年四月三〇日まで六ケ月間の原告の右休業による損失を賠償すべきである。そこで右の損害額について按ずるに、成立に争のない甲第七号証及び原告本人訊問の結果によれば、原告は本件建物の移転に伴う原告の四〇日間の休業による損失補償として青森県知事から金二四、〇〇〇円を支払われた事実を認めることができる。右の事実に徴し、原告の右の休業による損害は一ケ月金一八、〇〇〇円と認めるのが相当である。然らば西川ナツは原告に対し昭和二八年一〇月三一日から昭和二九年四月三〇日まで六ケ月間の損害として金一〇八、〇〇〇円を支払う義務あるものである。しかるところ西川ナツが昭和二八年一〇月二二日死亡し被告等一一名が原告主張の身分関係において西川ナツの相続人となつたことは当事者間に争がない。しからば被告等一一名は原告主張の割合を以つて西川ナツの一切の権利義務を承継したものであり本件損害賠償義務も亦右の割合を以つて被告等がこれを継承したものである。従つて被告森山ミツ、同半田ヨシは各四分の一の、被告手塚静子、同光野文子は各八分の一の、その余の被告等は各二八分の一の各割合を以つて原告に対し金一〇八、〇〇〇円を支払う義務あるものである。しかるところ原告は本訴において一ケ月間の損害として金一六、〇〇〇円を請求し且つ昭和二八年一一月五日以降の損害を請求しているので、原告の本訴請求は昭和二八年一一月五日から昭和二九年四月三〇日まで一ケ月金一六、〇〇〇円の割合による金九三、三三三円の支払を求める範囲内においてその理由あるを以つてこれを認容し、その余は失当なるを以つてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言はこれをなさゞるを相当と認め主文のとおり判決する。

(裁判官 中田早苗)

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